アントニオ猪木って誰なの?等 初心者向けのプロレス講座 その⑦

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どうも皆さん グレート愛です!

新日本プロレスは昨日は神戸ワールド記念ホールで、ビッグマッチが行われていましたね。
では今回も初心者の為のプロレス講座行ってみましょう!

アントニオ猪木って凄い人なの?

はい!新日本プロレスを作ったのはこの人です。常にプロレス界をリードしてきた存在です。ただし、アントニオ猪木の評価は世代でかなり分かれると思います。

僕がプロレスを見始めた頃はアントニオ猪木は、全盛期はとっくに過ぎており、猪木カウントダウンという引退興行をやっていた時でした。

プロレスVSボクシングなど、別のスポーツや格闘技同士で戦う「異種格闘技」というジャンルの源流は、この人がやった
アントニオ猪木VSモハメド・アリ ではないでしょうか? アントニオ猪木の熱狂的ファンの事は「猪木信者」と呼ばれています。

アントニオ猪木は、プロレス界と格闘技界をどうしても混ぜたかったらしく、プロレスラーを何人も格闘技の試合に送りこみます。 ただ、レスラーは普段格闘技の練習をしていない為に、惨敗が続きプロレス人気低迷の原因を作りました

皮肉なもので、格闘技と絡むことで信者を増やし、プロレス人気を作ってきたこの人の行動が、プロレス人気低迷(この期間をプロレス暗黒期といいます)の原因の1つとなってしまいました。

世代間で評価が分かれると言ったのは、この事が原因でもあります。ある世代にとっては神様みたいな存在でもあり、ある世代にとってはプロレス人気低迷の原因を作った厄介者です。色々な評価が分かれる所がこの人の魅力かもしれません。

(ちなみに僕は15000円払ってトークショーに行き、ビンタされて帰ってきたので信者の方かもしれません(笑)

プロレスって人気無かった時期があったの?

はい、今みたいに、常に人気があったわけではありません。

プロレスはずっとコアなファンを中心に、人気がありました。そのブームは90年代にピークを迎え、その時代の新日本プロレスは1年間に2回の東京ドーム大会を行ってました。ドームもパンパンだったと思います

東京ドームだけでなく大阪ドーム(現京セラドーム大阪)でも興行していました。

ただ、90年代も終わりに近づくとプロレス界に黒船が来襲します。

そう「K-1とPRIDE」です。

格闘技ブームに押されて、プロレス人気は下火になってしまいます。

さらに格闘技に参加したレスラーが、ことごとく負けてしまい、「プロレスは最強」って言ってたのに、何なんだよ! と更にファン離れを加速させました。

別の記事でも書きますが、プロレス暗黒期でも、棚橋や中邑真輔を筆頭に、プロレスを地道に頑張った結果、人気が少しづつ戻ってきます。そしてオカダカズチカの登場により史上最高のプロレスブームと呼ばれるほどの、プロレス人気が戻ってきたのです。そしてそれはそのまま現在に繋がります。

プロレスは点ではなく、線で見るとさらに面白いんですね

何故格闘技が来た事でプロレスファンが離れて行ったの?

アントニオ猪木の事を書きましたが、アントニオ猪木が掲げた「プロレス最強論」なるものに、信者が陶酔していたのだと思います。

今のプロレスファンのように 『プロレスはプロレス』 ではなく、昔のファンはプロレスは格闘技の一種で、あらゆる格闘技の頂点であると思っていた時代がありました。

プロレスを格闘技目線で見ていたのですね

今でこそファンの認識は

プロレスはプロレス
格闘技は格闘技

ですが、昔はあまりその垣根がなかったのです。なので格闘技の試合で負けるレスラーを見て、幻想から目を覚ましてしまったのですね。

じゃあプロレスってどういう目線で見ればいいの?

はいコレに正解はありません。

格闘技目線で見るのも自由、プロレスはプロレスだな で見るのも自由。好きな選手を見つけて、その選手を追いかけるも自由です。

僕はプロレス人気が低迷した理由の1つに「プロレスこそ最強」この言葉の呪縛に捕われ過ぎていたから だと思います

そういう意味では過去に捕らわれない、今のプロレスファンは柔軟な頭をもっていると思いますよ

今回はここまで!どうでしたか?
又次回お会いしましょう さようなら!

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